ポータブル・テリトリー
先日、映画『アバウト・ア・ボーイ』を観てきました。
今回も一人で近所のシネコンに行ったワケですが
レイトショーだったので場内はガラガラ。
お客さんの数は10人くらい。
ボクはいつも通り後ろの席に陣取って、スニーカーを脱いで足を前の座席にのせて
すこぶる行儀悪く優雅に鑑賞体勢をとっていたんですけど、
そこに一人の女性が入ってきました。
そしてその人はなぜか逡巡もせずスタスタと一直線に
ボクのすぐ隣りに座ってきやがりましたのです。
「はっ? …あんた誰?」
と思いましたね。
だって全然知らない人だし。席はガラガラですよ。
どーしてわざわざボクの隣りに座らなければならないのでしょうか?
はたから見たらカップルにしか見えません。
うーむ。
なんだろな。
何が目的なの、お嬢さん。
しかも、よく見たらすげーカワユイ人だったのですよ。
パッと見、白石美帆に似ています。
ボクのプロファイリングによれば年齢は25歳〜27歳。独身。仙台生まれ。
職業は銀行員で、趣味はアロマテラピー。
好きな食べ物はチュッパチャップス、といったところでしょうか。
…あ!
ひょっとしたら、映画が始まって照明が落ちたらイキナリ抱きつかれて
「大好き!うっふん!」
とか言われちゃうんぢゃないの?!
そしてあんなことやこんなことまで… いんぐりもんぐり…
きゃー。
ぉぃぉぃ、マヂかよー。(なに照れてんだよ)
いやぁ、キミね、突然そんなこと言われても…
大体だね、人には個人空間、すなわち『ポータブル・テリトリー』
と呼ばれる領域があるワケよ。
自分の体の延長として、自分の一部と認識している領域のことね。
例えば電線の上にとまるスズメたちもこのポータブル・テリトリーにあわせて
同じ間隔をあけて並んでいるのよ。
もしくは京都にある鴨川のほとりに等間隔で座っているカップルの列もそれと一緒。
そのテリトリーの範囲は生き物の種類によって違うらしいけど
文化人類学者のエドワード・ホール氏によると、人間の場合は知らない人との対人距離が
45センチを切ると緊張したり不愉快になったりすると言われているワケ。
つまりボクは今、知らないアナタの隣りに座り、一種の緊張状態にあるワケだ。
判りやすく説明するなら、高速道路のパーキングエリアにある広い男性用トイレで、
すっごくガラガラなのに知らない二人が隣同士で便器の前に立っているような状態なワケ。
わかる?これってすっごくイヤな緊張感なの。
男性なら誰でも一度は経験があると思うんだけど、この状況で排尿までの時間を調べたら、
通常よりも長くなるという実験結果も出てる。
それほどパーソナルスペースを侵されるとゆぅことは、生理的な影響をもたらすんだ。
ちなみに個人空間の広さは、一般的には腕を伸ばした半径60センチくらいの円が目安と
されているんだけど、最近の生活環境でそれも徐々に変わってきてるらしいよ。
いつも満員電車に揺られている人はとてもこの個人空間を守りきれていないワケだし、
現代人はいろんな状況で無意識のうちに精神的なイライラを募らせているのかもしれない。
だからこれが最近の暴力事件や特殊犯罪に関連している可能性があるとゆぅことを
指摘する研究者もいるくらいデリケートな問題なんだ。
で、結局ボクが何を言いたいのかとゆぅと、
なぜ知らない女性である美しいアナタがボクの隣りに…
「おーい、ジュンくん、こっちこっち!」
と、ここでもう一人の男性がドリンクとポテトを持って入ってきて
その女性の隣りに座りました。
「ここがいつも私が座る場所なんだよ」
「へぇー、観やすくていいな、ここ」
「でしょ、でしょ!」
そして照明が落ち、映画がスタート。
「お、始まるぞ」
「わーい」
結局いつも通り最後まで一人でした。(考えすぎ)
P.S.
ジュンくんのうんこたれー。
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